電子カルテ研究会ワークショップ

電子カルテの具体像

吉原博幸、永田 啓*

宮崎医科大学附属病院医療情報部
*滋賀医科大学医学情報センター

The concrete profile of the electronic medical records.

Hiroyuki Yoshihara and Satoru Nagata*

Department of Medical Informatics, Miyazaki Medical College Hospital
*Center of Medical Informatics, Shiga Medical College

abstract
  Only the letters and simple pictures can be handled in the chart made of paper. Computerization in networks will maximize the use of medical information, but at the present time, it is only the parts of order entry systems which are supported in the present hospital information systems available. The most important part of clinical records remains not supported. Pictures and sounds and other multimedia items are not handled at the present time.
  Although these media can be used or are being studied to be used technically in the computer system , we do not have the firm concept in building the clinical information system. In other words, we must urgently establish a standard protocol for the exchange of medical information.

1. はじめに
 病院情報システム(HIS: Hosipital Information System)は、大学病院等、大規模病院を中心として徐々に普及し、現在、中規模病院での導入がはじまったところである。診療支援システムと銘打ったこれらのシステムは、オーダーエントリーを主とし、付加的に診療予約、血液検査結果参照などのサービスがあるものの、真の意味での「電子診療録」とはいいがたい点も事実であろう。このワークショップでは、電子カルテを実際に構築するために必要な、コンセプト、基盤技術、行政、法律面の問題などについて議論する。

2. HISの本質
 もともとHISがめざすものはいわゆる「電子カルテ」であり、医事システムではなかったはずである。ところが、現行のHISの大部分のものの出発点が医事システムであったため、医事業務処理の効率化を最優先にしたシステムが作られ、「発生源入力」というスローガンのもとに医事課職員の業務の一部(入力作業)を医師、看護婦が行うという、奇妙なシステムが運用されているのが現状である。もちろん、入力ミスの低減、患者待ち時間の短縮、病院経営の改善等をもたらした点など、ポジティブな面は多々あるが、それらはHISの目指す本質ではない。HISのめざすものは、「正確な病歴管理を元にした意志決定支援システム」である。物流、医事などは、それらの病歴管理の副産物としてとらえても良いはずである。現状のHISは、単なるオーダーマシンであり、「正確な病歴管理を元にした意志決定支援システム」を仮に電子カルテと呼ぶとすれば、電子カルテのたった一つの部品が、メインのシステムなしに動いているのが現状である。ここで、提案であるが、「電子カルテ」という呼称は、かなり医療の供給サイド(特に医師)に偏ったものであるので、以下、iHICS(integrated Health Information and Communication System)と呼ぶことにしたい。すなわち、健康にかかわる情報を統合し、関係する全ての人々のコミュニケーションを実現する通信環境をiHICSと呼ぶ。

3. iHICSによって得られるもの
 単に手書きのカルテを電子化したのであれば、ワープロに打った文書の様なもので、読みやすく、容積的にもかさばらないメリットはあるものの、ほとんど意味のないことである。電子化のメリットを列挙すると、
1)検索が容易になる:カルテ保管場所が少なく済むのみならず、目的の情報を捜し出すことが簡単で速くなる。
2)幅広いデータの利用:日常診療診療のみならず、医学研究、保健行政病院経営への利用などへの利用が可能となる。
3)データの共有:医師だけしか見ることの出来なかった診療情報を、患者と共有することすら可能になる。
4)日常診療の省力化:現状のシステムではそこまでは到達していないが、紙ベースの情報伝達と比較すると、確実に省力化が可能である。
5)通信によるメリット:iHICSは言い換えると医学的コミュニケーション環境である。文献検索などの他、他施設の専門家との共同診療を行ったり、患者とのコミュニケーションをもとに、よりよい診療を達成できる可能性が大きい。

4. 医療従事者から見たiHICSのコンセプト
 では、iHICSとは、具体的にどんなものなのだろう?現在広く使われている紙のカルテを思い浮かべると答えが見えてくる。カルテの中心を占めるものは、プログレスノートと呼ばれる白い紙に書かれた記述である。診療分野によって違いはあるが、そこに書かれている内容は、本質的に時間軸に沿った観察記録であるとともに、診療の思考過程の記録でもある。その記述を補うものとして、検査のチェックリストや、検査結果とそのグラフ、スケッチ、週間サマリー、参考文献などがあり、これらの扱いは医師、診療科、施設によって若干のバリエーションがあるだろう。
 また、iHICSのもう一つ重要な機能は「フィルター」としての役割である。医療データはそれをとりまく人々全てのものであり、決して医師のみのものではない。同じ情報を、患者、医師、看護スタッフ、検査技師、薬剤師、レントゲン技師、事務職員など、実に様々な人々が参照する。しかし現在のカルテはその機能を果たすには十分ではない。記述があまりにも専門的に偏っているからである。電子化してはじめて可能なのが、この「フィルター」機能である。iHICSは、患者から見ると「わかりやすい説明」「インフォームド・コンセント」として映り、医師から見ると診療記録を中心とし、同時にパワフルな検索・通信機能を持つ診療支援環境になる(図1)。


5. iHICS開発の必要条件
 電子診療環境を構築するためには、単にソフト、ハードの環境が整えば良いというわけではない。きわめて人間的な問題、すなわち、医学用語の標準化、セキュリティーの確保など、ある意味で社会的な問題を乗り越える必要がある。iHICSが動き始めるための条件を列挙する。
1)コンピュータリテラシー
2)広域ネットワークなど、社会基盤の成熟
3)セキュリティー技術とセキュリティーの度合いのコンセンサス
4)医学用語の標準化、またはシソーラスの作製
   患者側からもわかりやすく、誤解を減らす医学用語が必要
5)データ交換手順の標準化
6)法政面での整備
7)医療関係者および一般社会人の医療および医療情報に対する意識の変革
 (医療情報はだれのものか、自分の病気の治療方針は自分で最終的に判断する必要がある、、等)

 また、技術的な面で見ると、

●ローカルシステムでは、多様性を許す
 iHICSは、少なくとも日本レベル、出来れば国外の施設とのデータ交換を前提とするシステムである。互換性を実現するためには標準化が必要であるが、標準化の為に単一製品を全国に配布というのは事実上不可能な戦略であるし、また、競争の原理が働かないシステムは総じて成長しない。従って、標準化は情報交換の標準手続きを定めることで実現する。ローカルシステムでは、自由競争の原理を導入することによって、より高度で、施設に密着したシステム運用を可能にする。

●医療情報交換の標準手続きの確立
 HISはデータベースシステムに他ならない。当然、施設によって採用しているシステムが異なり、そのままでは他施設とのデータ交換は不可能である。したがって、WAN(広域ネットワーク、インターネットなど)を通じての医療情報交換の際、データを標準の形式に変換して交換する必要がある。この形式は、SGMLの様な、タグ付きデータとして交換することが望ましい。この標準規約については、現在電子カルテ研究会で検討中である(MML: Medical markUp Language, 表1)。

●システムの部品化と、その独立性の確保
 新しいシステム構築に際してもう一つ重要な点がある。それは、iHICSシステムを構成する様々な要素(オーダーシステム、医事、PACS、データベース検索、電子メイルなど)を、互いに独立したツールとすることである。これまでのHISは、単一のCPU内で複雑に絡み合ったロジックで構成されており、システム変更や、他の施設への移植などに際して、大変な労力(と費用)を要した。
 例えば、電子メイルをHISに実装する場合、当然メインフレーム内の一つのタスクとして新たに書き起こす必要があり、出来上がるのは、高価格、低機能のメイルシステムである。ところが、市場にははるかに高機能でしかも低価格のシステムが販売されている。また、これからは、ハードウェアのみならず、ソフトウェア的にもマルチベンダーの時代になると思われる。様々なソフトウェア資産を組み合わせて一つのシステムを実現する世の中になろう。そういう点から考えても、低価格で高機能の商品(ソフト)を組み合わせることが出来るように、システムをオープン化しておく必要がある。また、それぞれのシステムをオープン化を前提とした設計とし、データ交換の標準インターフェイスを整備する必要がある。これが前述した、異なるシステム間でのデータ交換規約である。

表1 MML試案(一部)
________________________________________
<電子カルテ>
   <患者ID>
   <summary>
     <probrem>
     <病名>
     <保険病名>
   </summary>
   <カルテ用紙>
     <日付>1995.09.06 15:00:00</日付>
     <診療科>内科</診療科>
     <status>ユーザ名・削除マークなど </status>
     <1号用紙>

     </1号用紙>
     <2号用紙>

     </2号用紙>
   </カルテ用紙>
</電子カルテ>
________________________________________

以上の点について、以下の話題提供者を交えて議論を進める。

話題提供者:

■ 開原成充(東京大学中央医療情報部)
■ 上田博三(厚生省健康政策局総務課)
■ 里村洋一(千葉大学医療情報部)
■ 山本隆一(大阪医科大学中検病理部)
■ 高橋 究(佐藤病院小児科)
■ 大橋克洋(大橋産科/婦人科)